10月1日独立記念日!



2016年10月1日。

この日は私がフリーになって1年が経過した記念日です。

1年前に長年勤めた会社を退社して、ジオラマ作家としてフリーになったのでした。
その時点で宣言しなかったは、とりあえず1年仕事を続けてみて、「ジオラマ作家」としてお金を稼ぎ、「プロ」として証を残した時点で皆さんにも報告したかったからです。結構慎重派の私です。

このBlogを読んでいただいている方には、多くの方が私がとっくにプロであると思っている方が多いかと思います。

「プロ」とはなんぞや?

私は自分のやった仕事に対して対価が支払われた段階で、プロと認識していいのではないでしょうか?

すでに10年程まえから模型雑誌の作例や、依頼されたジオラマ制作に対して対価を頂いておりますので、それも広義でのプロの範囲、「セミプロ」と言えると思います。しかし、私は企業に勤めておりましたので、法律的にもサラリーマンが得ていいお金の範囲が限られておりますので、それらの対価はとても少なく押さえて(というよりも、実際には模型各誌の作例は驚く程に安かったから)、「趣味の小遣いかせぎ」としての範囲に留め、当然食べていけるようなお金を得てはおりませんでした。

正式なプロとして独立した訳ですが、技術を持っていたとしても、それをちゃんと価値として変換し、依頼してくれた方が納得してくれる仕事を生み出していかねばなりません。それが成り立って、定期的に仕事が入り、初めて「飯を食えている」と言えるでしょう。なんとか1年、それをこなしてきました。

私がかつて勤めていたのは東芝という電機メーカー。誰もが知る大手企業の1つです。
私はそこで家電製品のデザイン「プロダクトデザイナー」として23年間勤めておりました。
担当したデザインは掃除機、洗濯機、食洗機、冷蔵庫、ブラウン管テレビ、液晶テレビ、ブルーレイプレーヤー、ノートパソコン、そしてウエアラブルグラスや、スマートウォッチなどのプロトタイプまで、あらゆる製品をデザインしてきました。人々の生活を変えて来た家電製品。それを生み出すことは文化を生み出すことだ!と思い、プロダクトデザイナーになったのです。

物作りを将来の職業とする為に、大学ではデザイン学科に進んで、その後、学校の勧めで東芝に入社。私が入った年はバブル経済が弾けて就職氷河期が始りだした1993年。華やかで、イケイケだった日本経済に陰りが見えて、製品開発が厳しくなってきた時代です。それでも大手企業に入れた事に誇りを感じ、物が売れなくなる時代だからこそ、価値ある製品を生み出さねばならないとやりがいを感じながら仕事をしていました。

入社した頃はギリギリ、手書きの図面やレンダリングという製品デザインの絵を手で書いたり、モックアップという家電製品の原寸サイズの検討用模型をデザイナー自ら作っていました。毎日、好きな物作りをして給料が出るなんて、なんて幸せな仕事なんだ!(しかもスーツを着ることもほとんどなく、普段着で通勤)デザイナーという横文字肩書も自分に取っては名誉でした。

しかし、次第にデジタル化の波が訪れ、その仕事のほとんどがパソコンで行うようになってしまいました。デジタルでのデザイン作業はとても効率的で、形状確認&変更、カラー検討も簡単におこなえて、デザイン作業スムーズになり、良い時代になったと思いました。
しかし、出社して、終日机の上のパソコンと睨めっこしながらデザインして、帰宅する・・・そして翌日もその翌日も。

「これは私がやりたかった仕事なのか?このまま物作りを完全にデジタルで行なっていては、モノ作りの感覚が鈍ってしまう!」

手が汚れるようなモノ作り、そんな仕事を望んでいたのに、動かすのはキーボードとマウスだけとは・・・クールすぎる。

どうしても手が寂しくなり、そこで社会人になって中断していたプラモデル作りを再開して「手を動かしてモノ作りをする感覚」を取り戻し、クリエイティブなモチベーションを上げるようにしたのです。
いわゆる「出戻りモデラー」というヤツです。

それが私が昼間は「デザイナー」として、アフター5には「情景師」として活動するようになった切っ掛けです。

やはりモノ作りを手を動かして行なうと、ストレス発散にもなりますし、なによりもジオラマ作りは、クリエイティブな感覚を司る「右脳」だけでなく、完成まで導く調査/考証や制作行程管理は、左脳も使いますので、「仕事の効率化」にも役立ちます。本職にフォードバックされるということです。
逆に、効率よく仕事をこなして、なんとか残業を減らして、アフター5の時間を確保しなければ、ジオラマ作りが出来なくなるので「頑張る!」という循環に♬ そうやって二足の草鞋をこなして来ました。


しかし、私も入社20年を越えると、会社での立場が現役デザイナーから管理職になり、仕事が難しく、ストレスも溜まることが多くなってからは、「クリエーター」としてのモチベーションも下がってしまうことが多くなりました。家に帰るとぐったり。。。
目も老眼が進行してしまい、ピントがあいません。プラモデルもストレス発散で大量に買いますが、作る気力はなく、積むのが仕事になってしまう事に。

そんな最中、2014年10月にテレビ番組「タモリ倶楽部」にジオラマ作家としての出演オファーがあり、その収録に使う為にプリントしたゴッサムシティの制作途中の写真を、ハードディスクから発掘したついでに、Twitter投稿したところ「リアルすぎるゴミ捨て場」で世間に広く拡散して注目される出来事が起こりました。

●タモリ倶楽部に出演した際のレポBlog↓

http://arakichi.blog.fc2.com/blog-category-58.html

これを切っ掛けに私の作ってきたBlogにアップしてある作品にも興味を持ってもらい、TV取材が多くなり、「ジオラマ作家」として世間一般に注目されるようになりました。積み上げてきた知識や技術、そして作り溜めてきた作品は、将来夢見ていた「作品展示会」開催の為に手放すことなく手元においておりましたので、番組出演の際の作品紹介や、作品展示会の開催オファーが会った際にも容易に準備出来ました。

●注目を浴び得ている時のレポBlog↓(懐かしい。。。)

http://arakichi.blog.fc2.com/blog-category-55.html


コツコツと作って来た作品とともに、そのHow toもしかり。Blogを継続して、そのテクニックを書き留めていたことが幸いし、出版プロデューサー・石黒謙吾さんから書籍化のオファーをいただいた際にも、比較的スムーズにまとめられました。それが2015年4月に発売された「凄い!ジオラマ」です。自分の本を出す事は悲願でした。過去にも何度もそういう話しはありましたが、出ては消えての繰り返しでなかなかチャンスに巡り合えなかったのです。自分にはその機会は訪れないなと半ば諦め、その思いは、少しでも皆の記憶に残る作品とその写真として発表しようと、BlogとTwitter、そしてFacebookに定期的に作品を発表しつづけました。多くの作品をネットに流す事で、いつのまにかその認知度があがり、結果的には夢だった本の出版まで辿り着いた訳です。

この本の出版を皮切りに、多くの仕事の依頼も入るようになり、とてもサラリーマンの2足の草鞋ではこなせないようになってきたので、これはチャンスだ!と独立する決心をしたのです。2015年の6月頃の事でした。正確に言えば本が出版される時点で、決心したと言っても過言ではありません。

もちろん不安が無い訳ではありません。年齢も決して若くはありませんでしたし、企業での管理職はそれなりの収入があり、安定した企業をわざわざ辞めて、しかも会社で積み上げてきたテクニックを使った「デザイナー」として独立する訳ではなくジオラマ作家として独立する訳ですから。

会社も簡単に辞めさせてくれる訳ではありませんでした。法律的には1か月まえに依願すればよいとなっておりますが、引き継ぎやその人事の補完などの事を考えると3か月近くは必要でした。その間にも仕事は入ってきますし、独立するためにはそれらの仕事のチャンスを失う訳にはいきません。上長からは考え直すように何度も説得され、話し合いが続き、これもとてもストレスが溜まり、辞める事を辞めたくなる時期でした。私の意思の堅さに、ようやく納得してくれて、9月に退社がする事が決まりました。溜まっている年休を消化しながら依頼案件をこなしていた時期です。

会社を辞めてすばらくこれからの人生の設計をしてから「さぁ、旗揚げだ!」と言う訳ではなく、辞めた時点でどこから聞きつけてきたのか、次から次へと仕事が入って来ました。すべてこのBlog経由、左のバナーにある問い合わせのメールフォームからです。

これが私が経験した1年間の話し。経験的にはすでに3年ぐらい経過した様な気持ちです。

この1年で巡り会った仕事を記しておきます。

まずは作品展示会です。

神奈川県の藤沢駅前のフジサワ名店ビルでの個展を切っ掛けに、あらゆる街で開催してきました。
過去最大の有償展示会である富山県・魚津市の新川文化ホールでの作品展はこの1年での最も大きな展示会の集大成といえるでしょう。


15_16仕事1


つづいては、ジオラマ製作案件です。

今までは模型雑誌の作例を中心に制作しておりましたが、ジオラマ作家として依頼が来る案件は「すべて自作」が多くなります。もちろんこの世にないもの、図面さえもないものも多いので手数も多く、時間も予算もかかります。

ならべてみるとやはり私らしいジャンル、あらゆるものを作っております。こちらにはまだ発表できないものもけっこうあるのでこの1年でよく作って来たなぁと思います。


15_16仕事3

ジオラマ制作以外の仕事

そもそもがプロダクトデザイナーをしておりましたので、製品作りの経験は多い事あり、今はいくつかの玩具メーカーさまからの依頼で製品コンセプトや製品原型、パッケージから販売戦略までのお手伝いをさせていただいております。具体的には海洋堂さんから発売された「零戦ダンボー」が去年の12月に発売、さらには都市型連結式トイ「ジオクレイパー」の製品開発の手伝いをさせてもらっております。

出版物も「凄い!ジオラマ」につづき「作る!超リアルなジオラマ」が8月に発売になり、今後の様々な本の出版を予定しております。本が売れないと言われている時代に、なるべく面白くて、しかも安い!本が出版できるように汗をかかせていただきます。

15_16仕事2


今年も残すところ、あと3か月。

まだまだこなさねばならない大きな仕事があり、2年目に突入した「プロ・ジオラマ作家」としてさらに気合いが入ります!
これからの「情景師アラーキー」をひきつづきよろしくお願いいたします。



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※8月に発売されたジオラマHow to写真集「作る!超リアルなジオラマ」はおかげさまでとても評判もよく発売1か月も経たずに重版が決定しました!

                 



※私の初の作品集「凄い!ジオラマ」好評発売中!おかげさまで4/28で発売後1周年を迎えました

                 


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プロフィール

情景師・アラーキー

Author:情景師・アラーキー
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■ 情景作家
■ 1969年生 居住地:東京・杉並 

「日常にあふれるさりげない光景」を立体化する事が得意なオールラウンドジオラマ作家。昭和ノスタルジーからアニメシーン再現まで製作範囲の守備範囲は無限。むしろ挑んだ事がない題材を与えられると燃えるタイプです。

「生み出すものに魂を込めて作る職人のようにありたい」・・・と願って「情景師」を名乗っています。

<過去の作例活動経歴>
●電撃ホビーマガジン
●電撃スケールマガジン
●モデルグラフィックス
●アーマーモデリング
●モデルカーズ
●パンツァーグラフ
●エクストラマガジン
(スペインの模型雑誌)

<<ジオラマ制作随時承ります>>
(製作事例:CM、テレビ撮影用、展示会用、トイの商品開発用、企業ノベルティー等)
・ジオラマ制作についての相談&質問もお答えします
・展示会等での作品貸し出しもしております。
・TV,雑誌,Web取材等の随時受付中。
<出演事例>
・おはよう日本(NHK)
・めざましTV(フジテレビ)
・タモリ倶楽部(テレビ朝日)
・怒り新党(テレビ朝日)
・情報ライブミヤネ屋(TBS)
・まにあマニアル(BS日テレ)
・王様のブランチ(TBS)
・lifeサプリ(BS日テレ)
・経済ビジネスライン(BSNHK)
<雑誌取材事例>
・週刊新潮
・週刊アスキー
・女性自身
・ホットペッパー
・ビーコン

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